西郷どん第4話「新しき藩主」薩摩式藩主選びはロシアンルーレット
とどでございます。
赤山靱負(あかやまゆきえ)に切腹の命が下り、次々と斉彬派の家臣たちが粛清される島津家。
ドリフターズの薩摩代表、島津豊久のことを考えると、これだけ激しいのも「薩摩だから」と納得してしまう自分がいます。
斉興と斉彬のロシアンルーレットにより、藩主交代が起き、やっと斉彬が藩主となりました。
「よく見ろ、これが新しい殿様の顔だ!!」と子供達に顔を見せる辺りが斉彬のいいところ。
4話にして熱い話で泣きそうになりました。
明るく振る舞う赤山靱負
明日切腹しろと言われていながらも明るく振る舞う赤山靱負。
「ほらほら、なにお通夜みたいな顔してるんだ!! お通夜はすぐ行われるんだから、飲め飲め!!」
とさっぱりとした様子。自分自身の命に執着がない辺りが薩摩隼人的。
ただまぁ本人は覚悟を決めていても、周りはそうではないですよね。特に幼い頃からお世話になっていた人ですから、西郷さん達にとってはあっさり受け入れることはできません。
中村半次郎からもらった芋のように、ひとりひとり大きさや個性が違うから、お互いに洗いあって生きていけ、と最期まで先生であり続けました。
切腹の介錯
赤山靱負の介錯を務めたのは西郷さんの父親、西郷吉兵衛でした。
西郷吉兵衛は御勘定方小頭。今で言う会計係ですね。作中では赤山靱負の屋敷でそろばんを弾いている姿が描かれました。
西郷吉兵衛にとってもお世話になっている人の介錯を務めるのですから、その心境やいかに。
介錯というのは切腹の苦しみを和らげる重要な役割なので、腕のいい人や信頼できる人に任されていたようです。
自分の手でお世話になった人を切らなきゃいけないのは……うぅ、考えるのもキツい。この辺りの死生観は外国の人から「ニホンクレイジー!! コワイ!!」と言われてしまう部分です。
江戸時代の後期あたりは、切腹と言っても実際に腹を切る訳ではなく、扇子を腹に突き立てたら介錯、みたいな形だったようです。
ここでもそうかと思っていたら、赤山先生はガチ切腹してたので少々ショッキングでした。相当の覚悟がなければできません。それだけ薩摩の未来を思っていたことの表れだと思います。
耐えるのも戦い
赤山先生が切腹するのを見届けた西郷さんは、「由羅をぶった斬る!!」と駆け出して行きました。
これを見た父・吉兵衛は「我慢じゃあ!!」と必死に西郷さんを止めます。
とーちゃんだって許せない想いはあるでしょうが、それを押し留めて西郷さんを止めているのが立派です。
赤山先生が切腹し、その上吉之助まで打ち首になってはやり切れません。
刀を振りかざすだけではなく、堪える時にはぐっと堪えるのも武士として大事な点ですね。
刀を筆に持ち替えて
赤山の訃報が斉彬の元に届いた後、西郷さんは斉彬に手紙を送り続けました。
あの手紙があったからこそ、斉彬は江戸にいながら薩摩の状況を知ることができました。
斉彬が動くと決めた後の全力疾走も見事。
幕府の老中首座・阿部正弘に根回しして、父・斉興を隠居に持って行こうとしたり、直接斉興の元に乗り込んでロシアンルーレットで戦ったり。
銃をこめかみに突きつけて引き金を引くときの決死の覚悟が現れた顔と言ったら。斉彬様渋すぎ。
赤山靱負の切腹シーンの顔とか、斉彬様のロシアンルーレットの顔とか、覚悟が現れた表情がカッコ良すぎでした。
斉興さん……(ため息)
前回、斉興が家督を譲りたくなかった理由は、斉興の祖父・重豪(しげひで)との確執があったから、と考察しました。
洋式かぶれの散財爺さんが、財政を立て直そうとした斉興の父を左遷し、斉興が藩主になったら裏で実権を握る。そんなことをやられたから、薩摩を悪化させないようにしよう!! という想いで藩主の座に留まっていたのだと勝手に想像した訳ですが……はぁ。
ドラマの中だと、ただの小物でしたね。
将軍様に官位を要求したり、自分の罪を調所広郷に被せて言い逃れしようとしたり。挙句、「薩摩の家が取り潰しになれば、お前も困るだろ? ん?」とこれからやられる三下のようなセリフを吐きました。
もっとこう、斉彬と薩摩問答的な、男と男の理想のぶつけ合いみたいな言葉の戦を期待していたのですが、「お前が藩主になるのは認めない!!」の一点張り。
結局ロシアンルーレットに持ち込まれて、リボルバーの引き金を引けずに「うわあああああぁぁぁ!!」と逃げ腰になるのはちょっと悲しい。
薩摩隼人のトップがそんな醜態を見せるのはショックです。豊久が泣くわ。
結果として引き金を引かなくて正解だったのは良かったです。渋々とはいえ、ちゃんと生きたまま、自分の意志で藩主を譲ってくれましたし。
史実でも、官位を上げて欲しくて藩主に留まっていて、「隠居の身でも官位は上がるよ」と言われたら即隠居した、なんて話もありますし、現金な人だったのかも。
薩摩への凱旋
ついに斉彬が薩摩藩主になりました。
西郷さんにとっては、ずっと待ち望んだ悲願が達成されることに。
ドラマでは4話でも、作中では10年ほど願っていた夢です。
斉彬の藩主就任は1851年。1828年生まれの西郷さんはこの時23歳なので、1840年に出会ってから人生の半分くらい願っていた夢。
凱旋パレードなんか見たら涙止まらないでしょうね。叫ぶ気持ちもよく分かります。というか一緒に半泣きで叫びそうになったし。
子供達が斉彬の顔を見に来たところで「よく見ろ、これが新しい殿様の顔だ!!」とちゃんと見せていたのが素敵でした。
子どもたちを止めようとする家臣たちに「よい。子どもは国の宝だからな」と前回のタイトルで返していたのも素敵。
いやもう斉彬様マジ素敵。
まとめ
赤山先生が覚悟を決めて、飄々としていたのが印象的でした。
そして西郷さんたちにとって悲願でもある斉彬の藩主就任が実現することに。
ロシアンルーレットで覚悟を見せている斉彬様が素敵すぎました。
今回のテーマは武士の覚悟ですね。
兄さぁ、姉さぁ、次でございもす。
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